米大統領選やコロナ禍では「Qアノン」が世界中で広がり問題視される一方、信じ込んだ人たちが現実社会において暴力的な事件に及ぶ事例も、国内外で相次いでいる。 荒唐無稽にも見える陰謀論に、どのような人が、なぜ、のめり込んでしまうのか。どうしたら自らを、そして近しい人を守ることができるのかーー。 独自の調査に基づくデータから研究・分析を続け、著書『陰謀論ー民主主義を揺るがすメカニズム』(中公新書)にまとめた京都府立大公共政策学部准教授の秦正樹さん(政治行動論・政治心理学・実験政治学)に、話を聞いた。 ここ数年、SNS上で見かける陰謀論の数々。アメリカのネット掲示板に端を発した「Qアノン」を初めに、パンデミック、選挙、大規模な事件事故など、ネット上に広がるこうした言説は、枚挙にいとまがない。 世界でも、日本でもそれは同様だ。いったい、どのような人たちが、どのような陰謀論を信じているのか。 秦さんは「政治や社会において重大な事件・出来事が起きた究極的な原因を、強い影響力を持つ2人以上のアクターの秘密の企みで説明しようとする試み」を陰謀論と定義。インターネット上の「サーベイ実験」などを通じて、さまざまなパターンの陰謀論についての調査と分析を続けている。 たとえばある調査では、「政府が有名人の殺害に関与し、秘密にしている」「病気の感染拡大は組織による慎重かつ秘匿された活動の結果」などという複数の陰謀論について、信じている度合いを聞いた。 その結果、それぞれおおむね2〜3割ほどの人が信じていることがわかったという。「わからない」と答えている人も同程度の割合を占めており、「さらに多くの人が本心では陰謀論を信じている可能性がある」(著書より)とも指摘している。 これらのデータから、秦さんは日本人の実に「3〜5人に1人」は何かしらの陰謀論を信じていると分析している。BuzzFeed Newsの取材に、こう語る。 「陰謀論は本当に、誰でも信じてしまうものなのです。『信じるわけがない』と思っている人が騙される。決して『特殊な人』ではありません」

「孤独」と「陰謀論」の関係は

さらに秦さんの研究では、「政治的関心や知識」が高い人ほど、左右や保守リベラルなどの政治的な立場に関わらず、陰謀論を信じやすいという傾向もわかっている。 また、自分の考えこそが「普通」「正しい」という感覚を持ち合わせている人や、「自分は冷静だから陰謀論には騙されないが、他の人は騙されているだろう」との認知がある人も危険だという。 「信じるきっかけは自分から調べること。社会に変化があったり、混乱したりするときに陰謀論は広がりやすいのですが、好奇心が強く、物事をしっかり判断できると思ってしまっている人がさまざまな知識を得ようとしているなかで、『真実』にはまり込んでしまうのです」 陰謀論にのめり込み、家族や友人を失って孤立してしまうケースは少なくはない。親子関係が断絶してしまったという声も多く聞かれている。 「陰謀論は孤独感ともすごく関連がある。信じるから孤独になるのか、孤独だから信じるのかはわかりませんが、少なくとも相関関係があることはわかっています」 「陰謀論を信じて交友関係が極端に偏れば、自分のネットワークが小さくなり、さらに狭いフィルターバブルにはまっていくことにもつながります。そうしていつの間にか、抜け出せなくなってしまうのです」

「暴力」と結びついたとき

「まともな議論の場を奪っていくっていうのが、社会的に見た陰謀論の1番危険なところだといえます。陰謀論というのは、フェイクニュースと異なりファクトチェックしづらいもの。『社会がイルミナティに支配されている』などという情報は、そもそも事実かどうかをチェックする術自体がないわけです」 「陰謀論が真実かどうかをまず議論しましょう、みたいなことを言い出した瞬間に、答えのない迷宮の議論に時間とリソースが全て費やされることになっていく。社会的には、良いこととはいえないですよね」 日本でも陰謀論が地方議会などの政治の場で取り上げられる例が少数ながら確認できており、秦さんは「楽観できる状況ではない」と懸念を持っているという。 陰謀論が暴力的な事件などに結びつくことも、大きな社会的問題として注目されている。 アメリカで2021年1月にあった連邦議会襲撃事件や、今年10月末に起きたばかりのペロシ下院議長宅襲撃事件では、ともに陰謀論「Qアノン」の影響が伝えられている。 日本でも「Qアノン」の影響を受けたグループ「神真都Q」がワクチン接種会場に押し入る事件などを立て続けに起こして、幹部やメンバーが逮捕されている。

ターゲットになったのは…

2021年夏には、ネット上にある「在日特権」などのデマを信じた22歳の男が、京都のウトロ地区や名古屋の韓国学校などを狙って連続放火事件を起こした。男はすでに、懲役4年の実刑判決が確定している。 また、大阪では今年3〜5月、やはりネット上の情報にのめり込んだ29歳の男が、「日本を滅亡に追い込む組織」などとして立憲民主党・辻元清美議員事務所や、在日コリアンらが通うコリア国際学園、そして創価学会支部を立て続けに襲った。いまも、裁判が進んでいる。 昨年から今年にかけて日本で起きたこのふたつの事例は、ターゲットのひとつが「在日コリアン」というマイノリティであったことも特徴的だ。 秦さんはマイノリティや排外主義も、「陰謀論」と結びつきやすいと指摘する。 「欧米でも、不正選挙関係の陰謀論で民族的マイノリティが槍玉にあげられる例があります。少数派の利権によって自分たちが苦しんでいるというようなものも多い。レイシズムと陰謀論は結びつきやすいところがあるともいえます」 「日本では特に中国や朝鮮半島が対象となりやすい。在日特権はまさに『少数派が優遇されている』というような陰謀論。いままさに調査を進めているところですが、『外国人参政権で議会が乗っ取られる』というような言説も一定程度の人が信じていることがわかっています」

信じてしまった人への「カウンセリング」も

自らを「外国の支配から日本を救う愛国者」と思い込んでいたこともあったが、当時の担当教員の助力もあって「抜け出せた」。そうした自らの経験をもとに「陰謀論の怖いところは、伝染するところなんです」と言葉に力を込める。 「100人のうち1人でも信じる人がいると、そこから蜘蛛の巣のように広がっていく。身近な人が陰謀論にはまってしまったときに、相手の話を聞いてあげることはもちろん大事ですが、こちらも染まってしまうリスクがあります」 「ヨーロッパでは、陰謀論を信じてしまった人には精神的なカウンセリング、治療のアプローチが適切であるという見方も広がっている。日本でも臨床心理士などの専門家にアプローチしてもらうといった、ある種の社会的包摂を進めていく必要があるのではないでしょうか」 秦さんは、SNS事業者などのプラットフォーム側の対応の必要性も強調する。陰謀論が拡散する「場」を生み出していると考えるからだ。 前述のウトロ地区など連続放火事件では、男が「ヤフコメ欄」を「左派報道機関」よりも客観的と信じ、「在日特権」「不法占拠」などのデマ情報を得ていた。最終的に「ヤフコメ民」を煽ろうとして犯行に及んだこともわかっている。 また、辻元事務所など連続襲撃事件でも、男が旭川いじめ事件を機に「社会問題」に興味を持ってTwitterで陰謀論にはまり込み、「行動を起こさなければいけない」と暴力に手を染めたことが、裁判で明らかになった。 「陰謀論の発信元となっているアカウントを規制するなど、プラットフォーム対策が必要なのはもう間違いありません。誹謗中傷なども法改正がされて少なからず良い変化が生まれたように、対策を始めるタイミングに来ているのではないでしょうか」

自分を自分で守るためには

「大事なのはバランス感覚。自分が『正しい』と思い込みすぎず、自分が知りたいと思っている『真実』にたどり着いてしまったときは、一歩引いて考えるのが良いのではないでしょうか」 冒頭で紹介したように、「陰謀論」はさまざまだ。 それぞれの考えや主義主張に近いものも必ずある。だからこそ、「自分の信念や認識の正しさ」(著書より)だけを補強してくれるような場や、言説から一定の距離を保つことが最大の自己防衛になるという。 また、秦さんの調査では、プライベートなことへの関心が強い人の方が陰謀論を信じにくいことも明らかになっている。すべての政治的関心を捨てるべき、とまではいかなくとも、「何事もほどほどに」ということだ。 「陰謀論のパターンや拡散するタイミングを知ることも、ある種の抵抗力やワクチンみたいなものになるでしょう。それだけではなく、たとえばインターネットで何かを調べるにしても、Twitterばかりで検索するのではなく、信頼がある程度担保できているメディアなどの情報を頼るという心がけも大切です」 「そしてなにより、たまにはインターネットを閉じるということも必要かもしれません。自らがいつも見ているフィルターバブルの世界から離れてみる。デジタルデトックスではありませんが、その時間はとても平和ですし、陰謀論への良い処方箋になるかもしれません」 2016年, 神戸大学大学院法学研究科(政治学)博士課程後期課程修了. 学位取得論文:「政治関心の形成メカニズム――人は「政治」といかに向きあうか」. 神戸大学学術研究員, 関西大学非常勤研究員, 北九州市立大学講師などを経て, 現職. 共著に『日本は「右傾化」したのか』(小熊英二・樋口直人編、慶應義塾大学出版会), 『共生社会の再構築II デモクラシーと境界線の再定位』(大賀哲・仁平典宏・山本圭編、法律文化社)など.

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