公開直後から満席が続出し、その強烈な世界観と圧倒的な作り込みが口コミで広がっています。 「巨匠であり、師であり、神だ」(ギレルモ・デル・トロ) など、有名監督たちからも熱烈な信頼を寄せられてる存在です。

30年以上前のアイデアが形に

ティペット氏がこの作品のアイデアを思いついたのは80年代末のこと。 多くの映画にスタッフとして携わるかたわら、自主制作映画として最初のシーンを撮影しました。 しかし、CGの技術が急速に発展するのを目のあたりにし、人形やセットを使った手作りの視覚効果は絶滅するだろうと自分の仕事を悲観。 そんなティペット監督が日本のファンの質問に答えるトークイベントを実施。「神」が語ったこととは?

「何もなかったけど時間だけはかかった」

ーー完成まで長い時間がかかった『マッドゴッド』ですが、途中で行き詰まった時にはどう乗り越えてきたのでしょうか? 行き詰まったというか……実は問題はなかったんですよね。何もなかったけど、時間だけはかかったということです(笑) 30年以上も前ですが、最初にビジョンが浮かんだ時に、もう映画の全編が私には見えたんです。 当時作ったフィルムはほんの12分くらいだったのですが、それを改めて今見てみると、最終的な作品像がすでに見えたことに気付きました。340枚くらいの絵コンテと短い映像でね。 点々としていたものが全部つながって、今回長編としてひとつの線になったということです。 ほとんどの私の仕事は監督がいて、私がいて、まぁ振付家のような形でキャラクターの動きを担当するというものです。 共同監督的な立ち位置であることもありますが、多くは監督を補佐する立場なんですね。 なので、私が監督として個人的に制作した経験で言いましょう。初期の作品のなかに恐竜を扱った短編があって、結局これが『ジュラシック・パーク』につながっていったと言えます。 ただ、映画の『ジュラシック・パーク』を通して、私はもう恐竜というものをある意味出し切ったと感じて、次に進むことになりました。 そして大学に入ってーーベトナム戦争の時期ですねーーそこで当時非常に流行っていたコンセプチュアル・アートに大きな影響を受けたのです。 浮かんだ発想にきちんと光を当てて、クリエイティブな自分の領域を探求していくということでしょうか。 本当に『マッドゴッド』の評判がいい、皆さん喜んでくださっていると聞いて、驚いたと同時に「うん、なるほどな!」とも思いました。 というのも、『マッドゴッド』がどこかで受け入れられるとすれば、それは日本だろうなと思っていたんです。 アメリカ人は結構保守的で、退屈なものを好みがちですから(笑) 日本の方は、こうね……変わった作品、好きですよね!いい意味で。だから受け入れてもらえてとても嬉しいです。 新宿武蔵野館、ヒューマントラストシネマ渋谷、池袋シネマ・ロサ、アップリンク吉祥寺ほか全国順次公開中

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